after

2191.03.06 AM09:53〜(真なる琥珀色の宇宙)

 

 

ただ、琥珀色の空間が無限に広がるのみの、その場所に。

音もなく、前触れもなく、一人の青年が現れた。

 

 

金髪碧眼。どこにでもいるであろう、ありふれた風貌。

古びた軍服を無造作に着ていること以外、何の特徴もないような人物。

だが、彼が当然そこに床か何かがあるように振る舞えば、何もないはずの琥珀色の空間で、彼は当然のように立ち、歩き、そして……。

このような場所でも、当然のように、微笑んでいた。

 

 

「お戻りでしたか、《提督》」

 

 

 その声もまた、何の前触れもなしに、何もないはずの虚空から聞こえた。

 しかし、《提督》と呼ばれたその青年が振り返った先に、そこから現れて当然であるかのごとく、人影が現れる。

 

 

そちらは、防護宇宙服で全身を包み隠し、遮光バイザーの向こうにあるはずの表情すら一切見せない……そんな物々しい人影。

宇宙服の胸元に残された階級章なども含め、その宇宙服はところどころが擦り切れ、古ぼけ……その素性は、もはや知れない。

 

 

「君から私を呼びに来るとは、珍しいじゃないか」

 

 

《提督》は、珍しく皮肉げな口調で答えた。

実際、皮肉も言いたくなるというものだ。彼は「こう」なってからまだ「日が浅い」とはいえ、あまりに……そう、固執しすぎる。

 

 

「たまには私のように、宇宙を眺めてくるといいよ。こんなところでじっとしていないで……そう、そんな堅苦しいものは脱いで」

 

 

 そう言われても、宇宙服の人物は少し俯く程度ではあったが、《提督》には付き合いがまだ浅いとはいえ、その仕草からだけでも、彼が苦悩していることが手に取るように分かった。

 

 

 肉体を失ってから、まだ日が浅いこの人物は……いまだに、自分が「どちら側」なのか、分からずにいるのだろう。

 だからこそ、肉体を失う前……「生前」、その最期とも言うべき時の姿をしていることに、こだわっているのだろう。

 

 

「困らせるつもりはなかったんだよ、《番犬》」

 

 

 《提督》は一転して、優しい口調で語りかける。

 それだけでも、《番犬》と呼ばれた宇宙服の人物は、心がいくらか晴れたようだった。

 

 

「しかし、よろしかったのですか? あのような干渉を……他のだれでもない、あなたが行ってしまって」

 

 

《番犬》が、改めて尋ねる。彼がわざわざ会いに来たのは、このためだったのだろう。

無論、その心配性的な態度もまた、彼の「日の浅さ」によるものなのだろうけど。

 

 

「干渉ではないよ……ただ、見えないものを見せただけだ。あれは、あそこにおいて、ああなって然るべき現象と結果だった」

 

 

 見てきたものを思い起こし、身震いするような歓喜が《提督》の胸を駆け抜ける。

 生命(いのち)の輝く姿、生きようと見せる強い意志。その輝き。

 彼は、それを後押しし、その取るべき姿を示したに過ぎない。あの奇跡……「ヒト」ならばそう呼ばざるを得ない……は、彼ら自身の努力と、尽力が呼んだものなのだ。

 座して待っても、奇跡など起こりはしない。

 

 

「しかし、あれは……《大将》の計画を、かなり遅らせてしまうことになるようですが」

 

 

 《大将》、という名前を聞いて、《提督》は思わず苦笑を漏らした。

 《大将》。彼もまた、まだ「こう」なって日が浅い。分かりやすい執着……この世界での、果たしえなかったことへの執着を捨てきれず、それどころか「肉体」の存在にもこだわり、いまだにそれにすがり付いている。

 やがては、彼にも分かるだろう。

 あるいはこの世界で、彼に分からせてやってくれる存在が、万が一にもいるかも知れない。

 彼が理解するまでに、その執着と行為によって、この世界が……どうなっているかは分からないが。

 

 

 「《大将》は、このまま太陽系を攻め取るつもりでしょう。……ワレワレの、悲願通りに。それを、なゼ、あナタが?」

 

 

 尋ねる《番犬》の、見えないはずの表情。

 瞳らしき光点が強く琥珀色の光を放つのが、バイザー越しにすら見て取れた。

 そもそも、彼にはこの世界に執着などない。この世界は、彼が「ヒト」だった世界とは、似てはいるが別の世界なのだから。

 だとすれば、この質問は、単純に……「ワレワレとして」の、質問だろう。

 

 

 だが、その瞳の光は、鼓動のように明滅している。

 自分が、何なのか。

 ヒトなのか。

 違うのか。

 悩んでいるのだろう。だが、やがて、分かる。

 

 

 「生命は、生きるべきところに生きる」

 

 

 ゆっくりと、自分に言い聞かせるかのごとく、《提督》は静かに語る。

 

 

 「《大将》がその兵とともに、攻め入りたいならいくらでも攻め入ればいい。ヒトは抗う。ヒトは、そう諦めはしない」

 

 

 そして、語りながら。

 そっと、瞼(まぶた)を、閉じる。

 

 

 「……彼らが、ワレワレに打ち勝つなら、彼らこそがあの母なる星々に住まうべきだ。打ち勝てる強さを見せてくれるなら、私は、それでいい。私は、それを試したい」

 

 

 そして、開く。

 

 

 「……だが、ワレワレが勝つのなら……」

 

 

 その顔を見て、《番犬》が息を飲む気配がありありと伝わってきた。

 まだ、彼は日が浅い。……恐れるのも、無理はない。

 だが、彼にも、やがては分かる。

 

 

 「ワレワレの方が、より強くあの星々で生きたいと願うなら……より生きる意志が強く、彼らに打ち勝つのなら」

 

 

 じっと、琥珀色の宇宙の彼方を見据えるその瞳。

 その瞳は碧眼ではなく、今は宇宙の闇よりも暗く、深い、漆黒の瞳孔を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ならば、ワレワレが帰りたいあの星々には……ワレワレこそが、生きるべきではないのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 琥珀色の宇宙、無限に広がり、方向など定まりようのないその空間すらも突き抜け、その視線が見据える先には。

 

 

 そこにあって当然であるかのごとく、母なる星……地球の輝きがあった。

 

 

 

 

後記

 

BACK

 

各種TRPGコンテンツ置き場のページへ戻る